そろばん塾 池田先生の徒然草


日々の徒然を短文でつづります
by ikeda-88

<   2012年 02月 ( 20 )   > この月の画像一覧


聞く

 みんな聞くのが下手だなー。
 その点、ボクはいつも「池田さんはしっかり聞いてくれる」って言われる。
 いかにうまく話すか、ではなく、いかにうまく聞くか、の方がよっぽど
大事だと思うよ。

 ボクはこれまでたくさんの人に会って、お話させていただいた。
 よくこんなことがあった。
 講演会で出会った方、セミナーで出会った人、そんな人たちを誘っては
食事をさせていただいた。それはいいが、その日にちが迫ってくると
「あー、かったるいなー、なに、話そうかなー」なんて感じる自分がいた。

 なにか目的があるわけではなく、参考になる話を聞ければいいかな、
くらいのつもりでいたことも関係してるはず。
 「これからは人とのつながりだ」、みたいなことをよく考えていたから
こそだとは思うけど。

 人と人が出会うとき、決まった話をするのが常だと思う。その決まった
話がないんだからね。

 そこでボクは一計を考えた。
 「とにかく質問形式にしよう」だった。
 「なぜ、今のお仕事を」とか「これからの展望は」「どんなことをやって
みたいですか」、その後くらいにボクのこれからのお話をさせていただく。

 これを思いついてからはとてもうまくできるようになった。
 なんていうかな、人は「窮すれば通ずる」みたいなところがあるね。

 ボクは前々から「池田さんは話すのはうまくないけど、人の話はきちんと
聞くよね」があったので、聞く姿勢はきちんとできてたみたいだ。

 人はお話をしているときは、他人の話が入ってこない面があることは
きっちりおさえていただきたいところだ。ボクは「話すのが苦手」くらいで
ちょうどいいと思うな。話すのが苦手な人はしっかり聞くだろうから。
 意外かもしれないけど、この世は話すのが得意な人よりうまく聞く
人の方がうまくいくと思うよ。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-29 06:33

とことん

 「自分はなにをやりたいのか分からない」「向いているものが分からない」、
そんな話をよく聞かされる。ボクも同様のことを考え周囲の人たちに質問
していたものだ。

 ただね、「なにをやりたいのか分からない」状況そのものがとても自由
ということなんだ。あなたが江戸時代に生まれていたら「なにしようかな、
オレ」なんて自由があるはずがない。やるべきことは決まってるんだから。
 逆に考えると自由とはとてもめんどうなことだと言える。
 あなたはなんでもできる、と聞かされても世の中に同じくらいの能力を
持っている人など、いくらでもいるはず、とも思うよね。

 ボクは暗算段位9段だけど、それを口にするといつも「向いていたんですね」
って言われる。内心、いつも苦笑してしまう。
 計算に向いた人なんているわけない、って。
 なぜ暗算9段になれたのか。「たくさんやったから」に過ぎないんだ。

 まず能力の差にしてしまうのがおかしい。ボクとあなたの脳みそを
取り替えても、結果は同じになる。ボクは珠算3級を6回くらい不合格
になってるからね。よく分かるんだ。あのまま大人になったらそりゃー
「脳みその違いだ」って思うかもしれないが。9段になってみれば、脳みそ
の違いなんて言い訳はとてもとてもできないな。

 そしてね。ボクは珠算の全国大会を何度も見学してきたが、あなたにも
ぜひ一度全国大会を見学する機会を作ってほしいものだ。トップ10人
くらいまで全く差がつかない。点数の差がつかないんだ。トップ争いは
とても狭い場所でおこなわれるわけ。わずか1題間違えるだけでトップ
からはるか下まで落ちてしまうんだ。

 要するに「なにがやりたいのか分からない」というのは、とことんやって
ない証拠だってわけだ。「あなたはノーベル物理学賞もとれる、東大にも
入れる、有名な会社にも入れる、大きな企業の経営者にも、なんだって
できる」と言われても信じることはできないはずだ。「どれか一つ」
くらいしか達成できないのはみんな薄々感じてるところ。

 間口をどれだけ狭くできるかが、やりたいことを見つけるのに有効だ。
 そして、とことんやらなければ何一つ可能性を追うこともできやしない
のもまた確か。全国大会を見学してみよう。とことんやらなければなににも
つながらないことがよく分かるはずだ。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-28 06:30

ほめる

 ボクはよく他人のことをほめます。
 いえ、これはボクの内にひそむものじゃありませんよ。そう仕向けてるだけで。

 ほめることはすばらしいですね。まずお金がかからない。
 準備も時間も必要なし。お金もかかりません。これだけエコなことも珍しい。

 そもそもはですね、ある人から聞いた話。
 「オレ、生まれてからほとんどほめてもらった記憶がない」です。

 ボクは思わず笑ってしまい「あっはっは、そんなことないだろう」なんて
口にしましたが、ボクにせよ大人になってほめてもらった記憶なんてほぼ
皆無です。大人とはそういうものなんでしょう。

 要するに他人の称賛など必要なく、自分のエンジンで動くのが当然、な
わけです。ですが、他人の称賛で動くエンジンが、多少あってもいいなと
考えています。

 ボクの見るところ、社会人のほとんどが自分の評価が著しく低い。
 いや、ボクもそうかな。
 「オレなんて存在する値打ちなんてあまりないんだ。だけど、生きてる
から仕方ないよな」くらいの感覚でいる。実は、それこそがもったいない。

 ボクもよく人から言われます。
 「もっと自分の評価を上げてもいいんじゃないですか」って。
 ま、ボクは謙遜というより、自分をよりよく見せるのが苦手、なんで
そうなっているんですが。

 こんなことを聞いたことがあります。「人間ってね、(あなたはすばらしい
人ですね)くらいじゃ分かってもらえないのよ。(あなたはものすごく
すばらしい人ですね)って言わないと。それくらい誇張して口にしないと
伝わらないのよ」なんですって。

 誇張くらいじゃなく、オーバーに、ものすごくおおげさに口にしないと
伝わらないものなんです。

 だから。少し良いことを見つけたら(ボクはよく口にするが)「あなたは
アインシュタインの生まれ変わりですね」「平成で一番です」くらいは
口にしたらいい。ってことですね。こんなことを書くと、次回からボクの
発言は信じてもらえなくなるだろうな。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-27 08:33

習慣

 車、洗ってますか。
 ボクは毎週火曜日にガソリンを給油することにしています。これは
ガソリンの残量に関係なく、です。これをすると燃料切れの心配を
する必要がありません。

 そのとき、いつも、よって毎週火曜日、車を洗うことにしています。
 もちろんガソリンスタンドで、それも自動洗車機で、です。
 ボクはタイヤのホイールが汚れているのがとても嫌なので、そのとき
ブラシ(設置してあるもの)で、きれいにしてやります。

 ときには火曜日に雨が降ることもあります。それでも時間があれば
給油と洗車はしています。ホイールがきれいになるだけでもいい。

 「身体を鍛える」「勉強に取り組む」「なにかを習慣化する」、
そんなことを考えるなら、まずは上記のことを念頭に置いていいと考えます。
 まずはシステム化してしまうのです。

 「何時に起きる」「起きたらすぐに出かける」など、決めてしまいます。
 ボクはその日、用事があってもなくても午前6時には起きると決めています。
 よって日曜日もできるだけ6時に起床します。
 ただ、日曜日の早起きは辛い。

 ボクは毎日、ヒゲソリをしています。これはだれしもかな。
 ただ、ボクは毎日、夜、ヒゲソリするんです。よって朝は起床とともに
行動を起こすことができます。これもシステム化でしょう。

 「ヒゲソリとは朝におこなうもの」とあまり限定して考えなくてもいいと
思います。ボクたちの行動の根っこには「これはこうあるべき」が意外
に根付いています。それをときに打破することも求められます。
 「これは本当にそうすべきなのか」。ときには疑い、新たにシステム化
していく必要があるのではないでしょうか。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-24 09:13

アドバイス

 意外かもしれませんが、ボクはよく洋服屋さんに行くんですよ。
 店員さんからもいろいろアドバイスを受けます。

 いつでしたか、色に関する講習を受けたことがあります。
 当然、日本人に合う色もあります。

 色紙を用意しまして、自分の肌にあて観察します。それにより洋服
も自分に合う色が見つかります。たったこれだけのことですが、知らない
より知ってる方がよほどすばらしいです。
 ボクはその講習会のとき、クリーム色が合うと判定されました。

 洋服屋の店員さんのアドバイスはいつも違和感を覚えます。
 「池田さんにはこれが似合いますよ」と聞かされるのですが、「これって
ハヤリものを追いかけてるみたいで」「こんな奇抜なセンスは好きじゃない」
などが、心の中にわき上がってきます。

 自分一人が選ぶときは、いつもそのセンスに従います。よって選ぶ洋服
もある範囲内におさまってる。またそれで安心していられる。
 のですが、店員さんに薦められた服も続けて着てるうちに違和感が
少なくなってきます。

 「これが自分に合う」、そんな先入観が邪魔をしているのでしょう。
 人はいつも自分が自分を観察しているものですが、店員さんとか、
他人というものは外から見た自分ということになるのでしょう。

 「これが自分に似合ってる」もこれまでの自分ですからね。これからは
また違うかもしれない。

 ときには、ボクたちは他人からの指摘を受け入れるべきなんですよ。
 「あなたはこの洋服が良い」って聞かされたら、かたくなに「いや、
自分はこれだ」でいくのではなく、「あーそれもいいのかな」があっても
いい。「それも似合うのかもな」があってもいい。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-23 08:15

突破

 突破することはとても大切なことなんです。
 ボクは珠算8段、暗算9段ですが、なんと珠算3級を5回くらい不合格
になっています。すべっちゃったんですね。今から考えると確かに
そんなにまじめにやってなくて。受験前から「すべる、落ちる、受けても
ムダだ」なんて考えていました。

 おまけに同じころ受験した私立中学も不合格になり。「あーあ、バカは
なにやってもダメだよなー」なんて感じたものでした。
 私立中学をすべったことは今もなんとなく胃袋に鉛を詰め込まれたような、
嫌な思いでですね。だれしも自分のことはかっこよく表現したいもの。
 それがいきなり、ですからね。

 それで通い始めた公立中学。もうまともに勉強する気も失ってました。
 「オレみたいなバカはなにやってもダメ。生まれたときからそうだった」、
いつもそんな感覚につきまとわれ、近くで勉強の話をしてるやつがいると
自分のことをバカにしてるように感じられました。

 きっとそんな感覚が作用したのだと思います。中学を卒業するとき、京都
に留学しました。決定までにものの5分もかかりませんでした。
 もう、なにかね、すごく鬱屈とした気分が充満してまして。

 「このままここにいてもなんにもならない」感覚はすさまじいものがあり
ました。ただ京都での生活は必死な毎日を過ごす、高校1年の間は良かった
のですが、2年の中ごろ、すさまじい胃痛を患いまして。これはその後
7年間くらい悩まされました。

 ただ、やはりそのころ、「オレもやればできるんだな」、そんな強い自信
を持つようにもなってました。あまりのすさまじい練習で、夜、寝て
いる夢の中でも計算するほどでした。それが自分ではとめられなくて。

 それはある日突然でした。「あ、オレにもできるんだ。何なんだ、この
感覚」でした。やはりそのころ「人間の脳みそはみんな同じものを与え
られてるんだ」強く確信しました。

 突破すること。突破することはとても大切なことなんです。なんでも
いいので、突破するまでやってみること。そこに全く新しい景色が広がって
いることを強く実感しています。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-22 07:10

ハンドル

 大型バイクのハンドルを触ったことのある人はほとんどいないだろう。
 ボクは18になるとすぐに車の免許を取得し、その前からあこがれだった
バイクの免許を取りに行った。自動車学校で実際にバイクに触ってみる。

 まず車の免許があったからだろうか、「このハンドルでカーブを曲がるのか」
そんなことを思いハンドルに触って左右に動かしてみる。
 ほぼ100%の人が「えっ、バイクのハンドルってこれだけしか動かないのか」
と思うはずだ。ボクもそう思った。左右5度も動くだろうか。

 では、バイクはカーブにさしかかるとき、なにをハンドルとして用いるの
だろうか。分かる人はいるかな。分かる人はかなりの洞察力ある人だ。
 つい昨日のことだ。ボクの車の前を原付きバイクがトロトロ走る。
 「あぶねーなー」と思う。両足を突き出した姿勢で乗車。男性。

 ボクが思うにバイクという乗り物は「バイクと人間が一体化する」が
正しいとらえ方だ。左カーブを曲がるとき、人間とバイクは一体化し、
車体を左に傾ける。バイクのハンドルがほとんど動かないのはここに理由の
一つがある。バイクはハンドルで操作するわけではない。

 バイクには本来のハンドルがある。なにか分かるだろうか。
 バイクのハンドルは太ももである。
 自動車学校で教習が始まる。
 「おい、そこのー、オマエ、太ももをビシッとしめろ、両足を広げるな」と
指摘される。(今はこんな言い方しないよね)これをニーグリップという。

 「両足をしめて、燃料タンクをガッチリ、ホールド(しめつけろ)しろ」。
 慣れてくると太ももでカーブを曲がることが体感できる。
 カーブを曲がるとき、身体全体を倒して曲がるように見えるかもしれないが、
実は太ももを倒している、が正解。そのあと身体全体が倒れる。

 大型バイクに乗ってる人で両足がだらんと開いてる人を見たことはない
はずだ。両足がぶらんぶらんしてる人はとっさの反応が取れないから危ない
わけ。そもそも燃料タンクが両足のところにない原付きバイクじゃどうしようも
ないのかもしれないが。バイクは自転車が進化した乗り物じゃないんだ。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-21 08:42

渦中

 イナカの道路を走らせているとたまにとんでもない状況に出くわすことが
ある。そこは40キロくらいの距離に信号が三つくらいしかないところ。
 当初、それを見たときは「なにがしたいんや」って、思った。

 車が10台くらいでダンゴになって走ってる。とてもゆっくりした速度
なのですぐに追いついてしまう。そのまましばらくすると、なんと先頭の
車、50キロ制限のところを30キロ出すか出さないかで走ってる。

 もちろん、後続の車は「こんなイナカの道でなにやってやがんだ」なわけで、
追い越しをかける。だが、すると先頭の車は100キロ近く出して追い越しを
させない。よって、ダンゴのまま進むわけ。完全に楽しんでいるわけだ。

 彼らなりのストレス発散法なのかもしれない。
 たまーに、だがこの新手のストレス発散法、見かけたものだ。

 当初はボクもカリカリきて「クラクション、鳴らしてやろうか」など考える
のだが、バカらしくなってやめ、道路の横にある空き地でしばらく時間つぶし
することにした。そんなダンゴも10分もすれば視界から消える。
 イライラして事故でも起こしたらバカみたいだ。この手の人間と事故を
起こしたら後が大変だ。

 車に乗っていると、これと似たことはよく起こる。ボクももともとバカ
なので、短気になって「追い越してやろうか」など考えるのだが、しばらく
すると「バカみたいだったな」なんて思う。案外、その状況を後からふり
返ってみると、「どうでもいいことに付き合ってしまったな」みたいな
感想がわいて出てくる。

 「渦中」という言葉がある。渦の中。なにか上にぴったりな言葉だな。
 で、人間というものは、その中にいると興奮し、周囲を見渡すゆとりを
なくしてしまいがちだ。こんなときはさっさと戦線離脱し、頭を冷やす
状況をこしらえるべきだな。あのダンゴの後ろにくっつくといつも思う。

 「あのさー、道路でこんなことをするやつがいるんだ。どうしよう」って
質問したら「無視すれば」って返事されるんじゃないかって。当然だよね。
 案外、そのときは重大な気がしても、意外に時間が経つとそうでもない
ことはよくある。冷静になれる状況を作り出す、あるいは圏外の友人に
頭を冷やしてもらうべきだろう。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-17 07:23

美術館

 美術館に行ってますか。ぜひどしどし行きましょう。どしどしはおかしいな。
 意外かもしれませんが、ボクはよく美術館に出向きます。
 美術館での時間は同じ1時間でも、どこか異空間というか、時間の
流れ方が違います。上質って感じがする。

 「美術館なんてオレにはどうも」なんて口にしてる人も、とっつきやすい
ところからぜひ出かけてみましょう。そもそもボクが美術館に出入り
するようになったきっかけはツアーの海外旅行です。ツアーに参加しますと
最大公約数的な観光になります。だれもが美術館に興味があるわけでは
ないでしょうが、ツアーとしてはなにかを選ぶ必要がある。
 どこの国を訪問しても美術館を案内されることが多いですね。

 美術館と言えば、たいてい入場料が1200円くらいだと思いますが、
今日の本題はここから。ボクも当初は入場料のみ払って見学していましたが、
このごろは別料金を支払って「音声ガイド」を利用します。

 この音声ガイドは絵の前に行き、「7番」と書いてあると7を押して
説明を聞くというもの。要するに、絵の下の説明書きを読まなくていい
わけです。あれ、ほとんど読まないものだと思います。

 それから見学が終わると、図録(2000円くらいする)を買います。
 出口のところはたいていポストカードやその展示品ゆかりの本やら
なにやらが売られていますのでできるだけこちらも買います。

 当初は「入場料だけでいいや」と考えていたのですが、今は入場料と
合わせて5000円くらいの出費になります。
 と、ここでボクは思うのですが、入場料のみの1200円がお得か、
5000円が充実しているか。はなはだ難しい問題だと思うのです。
 で、最近のボクは5000円を選んでいるわけです。

 車も新車でなら「ナビ」をつけたり、バックモニターをつけることが
できます。初めにつけておかないと工賃やらなにやらで結局、高くつく。

 どちらがお得なのかしっかり考えようってわけです。
 美術館に行ったなら、ぜひ音声ガイドを利用すべきだと思います。
 あれは合わせてが入場料だと考えた方がいいですね。「結局、どちらが
お得なのか」、よくよく考えるべきなのです。高い方がお得ということは
あります。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-16 06:13

団体

 ボクのことを「よく分からない」と感じる人も多いようだ。ま、人間
というのはもともと多面な顔を持つ生き物だと思うので、理解が難しい
のが当然だと思うが。

 おもしろいことを書いておこう。ボクがサンタさんになってプレゼント
を配って歩いたときのこと。周囲の人たちはボクがなぜサンタになるのか
応えを出してくれた。

 「政治家になりたいから」「営業のため」「目立ちたい」など応えを
用意してくれた。ボクは「そもそも理由はオレに聞いてくれよ」と思ったものだ。

 要するに、人という生き物は、自分の常識で他人を見てしまいがちだと
いうこと。「タダで配る人間などいない」は、それを見る人間が自分自身
を見てることに気づく必要があるってわけだ。

 ボクは長らく団体に所属してる。みんなもきっと一つや二つの団体に
所属してるだろう。団体には団体のお仕事がある。

 ボクは当初、団体の仕事をこんなふうに思っていた。
 「これ、やってなにになるの。うちの仕事に結び付くわけでもないのに」。
 「オレはオレんとこの利益につながる仕事がしたい。よそはどうでもええ」。

 だが。
 続けていくうちに、こんなことも思うようになる。
 「みんながよくならんと、自分とこだけ良くなるなんてことはない」だ。
 だから、少しづつ団体の仕事と自分の仕事を分けなくなっていった。

 「こんなの、よその手伝いやってるだけやないか」なんて思うこともあるが、
団体だからこそやれることもある。そこにも気づいた。

 どうだろう。
 世の中、たくさんの人間が暮らしているが、みんながみんな少しでも
良くなろうと頑張っているはずだ。逆に考えれば「自分だけ良くなろうと」
してもなかなか達成できないのも確かではないだろうか。

 分かりやすく言えば、あなたの住む街がくたびれ、疲弊し、商店街も
さびれてしまったら、あなたは「こんな魅力のない街、住んでられるか」
になるはずだ。一人より、二人。二人より集合体でコトに当たるべき
ではないだろうか。みんなが良くならないと、あなたの住む街は崩壊の
道を進むだけだ。
[PR]

by ikeda-88 | 2012-02-15 06:37