そろばん塾 池田先生の徒然草


日々の徒然を短文でつづります
by ikeda-88

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スペイン

 ゆうべ、ある会に参加しました。そこで出会った男性、「いつかは
スペインに行ってみたい」なんて聞かせていただきました。

 「どこに行かれましたか」と尋ねると「アジアばかりです」
「なかなかまとまった休みが取れなくて」だった。

 意外かもしれないが、これだけ海外が身近になった気でいても
あなたの周りにだってたくさんの「海外なんてとんでもない」人
たちがいるものだ。
 とは言うものの、ボク自身、去年の中国以外では何年も出かけて
ないのだが。

 さて。
 これら「いつかはヨーロッパに」の方々にはとても申し訳ない
のだが、ある傾向を感じてしまう。それは堂々巡りだ。

 「ヨーロッパに行きたい、が、休みが取れない、し、お金も
不十分、しかも、スペイン語やイタリア語が話せるわけでもなし」。

 よって、これらの人に共通しているのは「ここを突破すれば念願が
かなうのではないか」の突破すべき場所がないことが多い。
 要するに、堂々巡りしてしまうわけだ。

 これはヨーロッパ旅行に限らない。お仕事においても同じことだ。
 「これをやったらどうか、が、しかしお金がない、それにうまく
いくかどうか分からない、うまくいかなかったらどうするのか」。

 反対するのはとても簡単だ。
 多分、風穴を空けなければならないのだろう。

 「休みが取れたら、借金してでも行く」。「お金があれば、休み
はどうやってでも調達する」「その国の言語が話せなくても旅行
できる手立てを探してみる」とかかな。ボクはスペインでは全て
日本語で通したけどね。相手がスペイン語で、こちらが日本語。
 うまい具合に通じるんだよね。
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by ikeda-88 | 2012-07-31 18:14

おかしい

 おかしくておかしくてたまらない。
 母親が缶ビールを並べているのだが、それを見るとおかしくて
おかしくて。思わず大笑いしてしまう。

 なぜならば、全ての缶ビールが飲み口を上にして置かれているから。
 「なんでこんな簡単なことに気づかないんだろう、オレはいつも
飲み口を下になるように置いてるのに」。

 ボクは並べるとき、いつも飲み口が下になるように置く。分かった
ことだが、上にするとホコリがたまるからね。言うほどのことじゃ
ないんで、いつも缶ビールを見ると上下を逆さまに戻してやる。

 母親はいつも飲み口が下の缶ビールを見てるはずなのに。なにを
見てるんだろう。

 たまに母親はボクの本を整理してる。(一緒には暮らしてない)。
 その整理の仕方がおもしろい。

 本の題名もなにも分からない、ただ積んであるだけ、なんだ。
 「読まない人はこれだからなー」なんて思う。
 本屋さんに行き、題名が向こうを向いていたら、買うのに難儀する
ことだろう。

 これらは利用者の立場になって考えればすぐに分かることだ。
 一つ一つのことはわずかだけど、分かってみれば次回から改善
するのはたやすいこと。なことだよね。
 モノを観察する癖をつけよう。
 「なぜ、これはこうなっているのか、このように設置してあるのか」
をね。
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by ikeda-88 | 2012-07-30 05:34

ご紹介

 ザ、ご紹介ですね。
 先日、ある場所で偶然、友人と会いましてね、「やー久しぶり」
なんて。で、近々、あるレストランに行くつもりにしていたのですが、
友人に会ったついでに「予約してくれないか」と頼みました。

 いえ、このレストラン、わたくしもよく知ってまして。
 そんな迂回路みたいなこと、する必要はないんですけどね。
 実はこれ、よくやるんですよ。
 友人にせよ、「オレがからんで予約した」形が良いんじゃないかと
思いましてね。

 自分が直接、連絡した方が早いんですよ。
 ただ、それはできるだけやらない。

 そもそもそのレストランを知ったのも、ある意味、ご紹介ですよね。
 会合だったり、お祝いの会だったり、メシ、食おうぜ、だったりした。

 忙しいならともかく、そうでなければ、「先日、利用したレストラン、
おいしかったから、予約してもらえませんか」とやるわけ。 

 だと、「そうやろう、オレの選球眼は間違いないから」になるし、
「オレがうまく言うといたるわ」(なぜか関西弁)になる。
 少しだけですが「ええかっこ」ができるじゃないですか。

 それとですね、「あなた」を尊重する形を作ることも大切なんですよ。
 「あ、池田や、会合で使ってから勝手に行きよった」(またまた
関西弁)みたいになるじゃないですか。
 難しい言葉で言うと「筋を通す」ですかね。

 せっかく飲食の機会として使うんですから、少し横に広げる形で
展開してもいいはずですよね。飲食店に限らず、大事にしたいもの。
 「この前、行ったレストラン、むちゃくちゃうまかったんで、
もう一度、行きたいんですけど、いいですか」、嫌がられることは
まずないですね。
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by ikeda-88 | 2012-07-27 06:21

プレゼント

 この世には実にたくさんのプレゼントがあふれ返ってますね。
 ボクが子供のころの話しです。そろそろお誕生日会、そんな
催しがされるころでした。
 要するに、余裕ができたということでしょうか。

 母親が主催することも多く(うちはなかったなー)、「いつも
遊んでるあの子を呼んだら」みたいに言われ、三人か四人くらいで
ケーキを食べたりします。

 真ん丸い、でかいケーキは日ごろあまり目にせず、「お誕生日会」
のときだけ食べることのできるステータスを保有していました。

 あのころ、はやったプレゼントの形態が、それぞれが一つ、
誕生日の人にあげるプレゼントを用意するというものでした。
 これは後の英会話教室のお楽しみ会あたりでも実施されましたね。

 中になにが入ってるか分からなくてかなりドキドキ。
 ボクが子供のころはどんなものをプレゼントしていたんだろう。
 あまり覚えてないな。

 子供はこんなことでいいのですが、やはり大人になるとプレゼント
に対する考え方はかなり変わってきますよね。

 「あら、また茶碗セット、だれかにあげるしかないわねー」なんて
よくあること。ボクはそんな光景を見るたびに「買ったときは何千円
ってしたのに、これじゃ価値はゼロ円だな」なんてね。

 ま、だれもが痛感してるようにプレゼントっていうのは、あげる
側が主軸に考えちゃうとダメだね。「どんなものをもらったら
うれしいか」で考えなくっちゃね。

 少し前、はやったのが「それとなく欲しいものを聞いておき、それを
プレゼントする」というもの。要するに、プレゼントというものは
「あげればなんでもいい」わけじゃなくて「欲しがってるものを
あげる」ことが基本だ。なにが欲しいか観察することも良い
プレゼントをする秘訣かもしれない。
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by ikeda-88 | 2012-07-26 05:32

言葉

 よく行く料理屋のママとこんな話しになった。
 「ママ、ありがとね、最近、あそこ、よく行くんよ」
 「あら、良かったですね」
 「いろいろな施設があるから便利よね、商売がうまいっていうか」

 「ホントですね、ただ、わたしはあそこでこんなことがあったんですよ」
 「お昼ご飯をいただいたんですけど。どうやらわたしたちのことを
忘れてたみたいで。ただわたしもサービス業なのでそんなことも
あるとは思いますが。遅れて案内されてそのまま料理が出された
んですよ。あれはがっかりしましたね」。

 料理屋さんでは後先など、けっこう気になる。「わたしたちの
方が先に頼んだのに」「わたしたちがあのテーブルを利用するはず
だったのに」「なぜ」ってわけだ。
 お店の側はこの辺りのところがよく分かってないのかもしれない。

 ママは言う。
 「忘れていたのはいいんですよ、だれにでもあることですから。
でも、(忘れていて申し訳ありませんでした)があれば良かった
なって」。「結局、サービス業は言葉なんですよ。どこまでいっても
言葉、言葉、言葉」。

 そこでボクもついでに。
 ボク 「あの料理屋さんに行ったらさ、飲食店によくあるノート
があったんで、書いたんよ(イケダ、3人)って。カタカナで。
そしたらお店の人がやってきて(すいません、これ、店が書くもの
なんです)だって。オレの場合は悪い気はしなかったけど、
言葉って恐ろしいよね。ファミレスとかだったらお客が書くじゃん、
だからつい書いたんだけど」。

 店員さんとお客はひょっとすると、その一晩だけの付き合いかも
しれない。だけれども、その一晩の記憶がいつまでも残るとしたら、
とても恐ろしいことだよね。
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by ikeda-88 | 2012-07-25 04:54

 ボクたちは頭で生きているとつくづく思う。
 先日、知り合いから「最近、寝不足で」なんて言うもんで「どれくらい
寝てるんや」と尋ねると「7時間は寝ないと」だって。
 「5時間だったらどうなるんや」「とにかく7時間は寝ないと
ダメなんですよ」。「なんで」「なんでもですよ」。

 実は、人間の身体なんてものはどうにでもなるものだ。7時間
睡眠はただの習慣に過ぎない。ほかのこともみんなそうだよ。

 ボクは15のとき単身、京都に留学することになった。伏見区
にあるアパートに案内された。「今、ここしか空いてないんだけど」。
 家賃も安く、すぐ決めた。ただ、ここの難点は窓が全くないところ。

 二つ、窓があるが、どちらも通路に面していた。よって外からの
空気は一切、入ってこない。ま、1年経ってよその部屋に変わった
が、フレッシュエアーの入る部屋(外側に面して窓が二つ)は二階の
一番端、だけだったけどね。

 エアコンなんて近代的なものはなかったので、とにかく夏は
地獄の暑さ。扇風機はあったかな。それでも舞い上がる熱風の中で
落ち着いて安眠もとれない。この部屋のことをその後もよく人に
話して聞かせるのだが「池田さん、それ刑務所以下ですって」なんて
聞かされたものだ。だからねー、夏は毎晩近くの自販機に走る、走る。

 アサヒのメッツ、1リッターを買いにね。そんなもん、一晩で
カラになってしまう。かなり続けたが「これでは身体がおかしくなる」
と思い、牛乳500ccに変更した。こちらも自販機。

 あのころ、つくづく思ったね。「人間ってものすごくタフに
できてるんだなー」って。こういうことの結果、壊れた身体は「本当
にやってはいけないことをやった結果」なのですぐやめるべきだ、
とのサインが点灯してるわけだ。そのとき、引き返せばいいんだよ。

 この窓なしの部屋は4畳だった。毎日、寝に帰るだけなのであまり
困ることはなかったが。そうそう。このアパートにいる間、一度も
毛布も洗濯してないし、寝間着も一度も洗ってない。人間、やって
みればなんとかなるものだ。
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by ikeda-88 | 2012-07-24 17:12

価値観

 ボクたちはいつも同じ環境、同じ場所で生きている。
 ただ、ときにはそれを意識して変えてみる必要もあるのではないか
と考えている。

 外国などいかがだろう。
 思いっきり価値観の違いが感じられるだろう。
 そのとき、あなたがそれをどう感じ、どうとらえるか、だ。

 ボクが初めて海外に出かけたのはハワイだった。当初は行きたく
なく、ただ所属してる会が主催するもので、行かなければならなく
なった、だった。

 全く、期待などしていなかったハワイだが、帰ってきてからたまに
ハワイを思い出すことがあり、「あー、ハワイ、良かったなー」って。

 ただ、一緒に出かけた会に所属するメンバーを見るともなしに
見ているとある考えに襲われた。ハワイは会に所属している人と
その家族で出かけたのだが、それらのメンバーの大半が毎日、日本食
を食べることにこだわった。

 朝はマクドナルド、昼はあらかじめ申し込みしておいたオプショナル
ツアーにくっついているお昼をいただく。サラダなども「ミント味」が
したりして会のメンバーにはとても不評だった。
で、「では晩ごはんはどこでいただきますか」決を取るのだが、決まって
日本食に決まり、ホテルの一階にあった「弁慶」なるレストランに決まる。
結果、毎日、弁慶でいただいた。

 ボクも「せっかくハワイだから、ハワイらしいものを」とは思うが、
正直ホッとするところもあった。
 この現象を観察するにボクにはある思いが脳裏をよぎった。
 要するに、「会のメンバーはどこまでいっても日本人で、それを
貫き通すんだな」ってことだった。

 よくメンバーで話しに出たのが「これは日本だったら200円くらい
ですよね」「これは日本だったらもっとおいしいですよね」、話題の
ことごとくが日本との比較で語られた。日本にいるときに「わたくしは
日本人で日本に暮らしています」なんて全く意識しなかったのに、ハワイ
ではことごとく日本と比較して発想する。とてもおもしろいと思った。
 会のメンバーは、ボクも含めて海外という日本とは違った場所に
置かれて初めて、自分が日本人であることを強烈に知ったというか、
そんな感じだったな。自分を外側に置いて初めて分かること、だった。
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by ikeda-88 | 2012-07-23 05:55

ハンバーガー

 ハンバーガー事件というのがある。
 ボクは京都に留学していたのだが、留学先の先生と試合や遠征の
お供をすることもよくあった。先生がバスを運転しそれについていく。

 ボクは頼まれてもいないのに、「先生が真夜中にもかかわらず運転
されてるんだ。オレも起きていよう」と、遠征のバスの車中では
いつも起きていた。試合は日曜日の午前にあることが多いので、
バスで真夜中に走り、大会会場の近くで仮眠を取る、そんな行動が
多かった。

 ほかの選手たちはもちろんのこと、大会に出場するので、バスが
走りだしたとたんに睡眠に入る。ボクはついてはいくが、大会に
出場したことはほとんどない。(何回かはある)。

 よって夜中に起きていようが、あまり関係はなかった。先生は
日ごろ、酒は飲まれないのだが、夜中にバスを走らせたときだけは
睡眠のためにワンカップの日本酒を飲んでいた。

 ボクも先生に付き合って夜中、起きていたので、大会中に眠たくなる。
 だから「池田君も寝ーや」だったんだ。寝なかったけどね。

 先生からは「こういう大会もきちんと観察しなさい、そのつもりで
見ないと分からないことが多いからね」と聞かされていた。

 三重県で大会があったときのことだ。大会会場にかなり近づいた
ころ、自販機がたくさんある場所で休憩となった。

 ボクはバスの車中では一切、寝ることがないので、休憩のときは
必ずバスから降りた。そして、自販機の中でハンバーガーを売ってる
ところで買おうかどうしようか悩んでいた。そこで買った。

 すると、先生、すたこら歩いてきて、「池田君、それ、うまいか」
ときた。まだ最初の一口も食べてないときだ。それを見て「はよ、
食うてみ」。ボクはすぐに食べた。モグモグ。味なんて分からない。

 「どうや、うまいか」「なにを食べるときでもな、なんとなく
食うんやのうて、(食べるのではなく)うまいかまずいかはっきり
させるんや。欲しかったら食べる、いらないんなら食べない」。
 ボクは先生がてっきりハンバーガーが食べたかったとばかり思って
いたので不意をつかれた気分だった。これがハンバーガー事件である。
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by ikeda-88 | 2012-07-20 06:36

意識

 ボクは暗算段位9段だ。で、9段になるためになにが大切か
書いてみよう。それはね、意識だ。「オレだってやれるんだ」が
一番の近道だ。
 その意識を持つことができないため、上手にならない。

 「オレはバカでどうしようもない。生まれたときからそうだったんだ」、
そんな観念を持ったままでは決して上手になれない。

 そのためには自分を信ずることが一番大切になってくる。
 っていうか、すさまじく上手な人たちを見て「あー、あの人も
オレも同じ人間だ」と考えられるかどうかだ。

 で、やはり同じ人間なんだよ。生まれたときからスーパーマンみたいな
人がいるはずがない。

 ボクはそんなスーパーマンみたいな人ばかりいる教室にいたからよく
分かるんだが、日ごろは普通の人なんだよ。特別じゃない。

 ただ、その地道な練習の過程を観察しないから、はた目には「とにかく
すごい人」の扱いになる。

 そんな扱いをするから、「あー、あの人とわたしは違うんだ。もともと
生まれたときから与えられたものが違ってたんだ」みたいな錯覚を
してしまいがちだ。

 練習という背景を観察したなら、特別な人ではないことくらいたちまち
判明する。
 こと、脳みそを使うものであれば、何だって同じだ。

 「あの人は特別で、わたしは普通の人」、こんな感覚に支配された
ままで上手になれっていう方が無理がある。

 上手な人たちがたくさんいる空間にいると、「みんな普通の人」が
より強く実感できる。上手になるためには「これ」だけでいいんだけどね。

 練習よりももっと大事なのは意識だ。
 「みんなやれるんだから、オレもやれるだろう」。上手な人が多い
教室ではみんなそんな感覚で練習をしてる。特別なことではなく、
ごくごく当たり前と受け止めてるんだ。
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by ikeda-88 | 2012-07-18 06:55

決心

 ボクは15のとき単身、京都に留学してる。その話しをすると
よく言われるのが「よく決心できましたね」だ。ボク自身、あのころ
そんな大決心などしたつもりがないので、この言葉にはいつも違和感
を感じていた。うーーん。あのときのことを書いてみようか。

 秘訣は自分のことを大切に思わない、だろうか。ボクが思うのに
人って自分のことを大切に、大事に考えるものだと思う。当然だよね。
 ただ、それにて決心がにぶる点は大きい。

 ボクはあのころ、自分のことを大切に考えない状況が整っていた
気がする。高校に勤めてたころもよく言われたが「クニサン(ボクの
こと)は悪さして地元におられんようになったんだろう」。もちろん
半ば冗談だ。悪さなどしていないが、どこか地元から逃げ出したかった
のは確かだ。

 中学校は遅刻に早退。部活動も早々にやめ、勉強の成績も悪かった。
 毎日、テレビを見て過ごしていたが、かといって、楽しいわけ
でもなかった。

 この状況が良かった気がする。
 「オレなんて、どうなってもいいや」、そんな感覚があった。
 京都の高校を受験するにあたっては公立高校は受験できないことが
分かった。中学を卒業すると同時の他県での受験は不可だった。
 よって高校は一つしか受験しないことになった。

 留学先の先生からも「池田君、高校、あかんかったらどうするんや」と
聞かれた。「一年、浪人して翌年、また受験します」と返答した。

 もうこのころになると半ば、やけくそで「どうだっていいや」感覚
が充満してた。「中学卒業で浪人かー、想像できん」とか思った。

 大学受験失敗で高校浪人というのはあったが、中学浪人は耳に
新しかった。ただ、受かったけどね。今にして思うと高校浪人して
おけば良かったなと思ってる。皮肉だけどね。

 だってその方がいろんな体験ができるし。ちょっといないよ。高校
浪人。ただ中学生のボクにとって浪人は恐怖の対象だったけどね。
 ボクは今、改めて思うんだが「オレなんて、どうなってもいいや」は
ときにとても大切な要素のような気がする。捨ててかかることも大事だ。
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by ikeda-88 | 2012-07-17 07:11